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教養としての都市論(三浦展著)より

かねてからの不思議な縁のある三浦展氏が新著『教養としての都市論』を出しました。何と、この本の参照した33冊の中に、私が50年前(1977年)に出した処女作でもある『マチノロジー=街の文化学』が紹介されているのです。しかも、三浦さんの文章は初恋の恋人のような愛おしさで書き上げています(ちょっとオーバーですが)。

これまでになかったシャープな切り口、自在なアプローチの内容の本ですが、読了して直感したのはこの本の原点となるモデルでした。そのモデルとは20世紀を代表する思想家ワルター・ベンヤミンの『パサージュ論』です。この本は、近代資本主義が躍動する19世紀から20世紀に掛けてのパリを舞台に、その事象と歪をあらゆる知見を収集してエッセイ・散文的に表現していく技法を取っていますが、その思想表現の構造が私には三浦さんの試みの基底にあると見たのです。しかもベンヤミンの主張する近代資本主義の躍動と歪を最も象徴する舞台が「パサージュ」であるのですが、そのパサージュが生み出した新しい人間像が「フラヌール=遊歩者」で、私は正真正銘のモデルとして三浦さんを「フラヌール」であると確信したのです。自分をフィールドワーカーや散歩人といっていますが、三浦さんは真に「遊歩者」ですね。観察の中に優れたエスプリと遊びがある、この発見が『教養としての都市論』の、最も魅惑的なところです。

三浦さん、ありがとうございました。


余暇と祝祭-文化の基礎-(松田義幸著)より

私のひたすら尊敬する松田義幸先生から、A5版、500ページの大著『余暇と祝祭-文化の基礎-』をいただいた。松田先生は本来、教育学者であるが、その学問的範囲は広く、社会のあらゆる分野を網羅する学識者として知られている。学者でありながら、電通、余暇開発センターと実学的分野でも活躍し、多摩大学でも客員教授として、最終的には尚美学園大学の学長、理事長を勤められた。

 

手にした『余暇と祝祭』は松田先生の半生を掛けた研究の総まとめ的内容であるが、ドイツの哲学者ヨゼフ・ビーバーの名著『余暇と祝祭』をベースに、カトリックの神学を突き詰めた稲垣良典先生と共創して、まとめたものである。タイトルである「余暇」と「祝祭」とは、古臭い様であるが、人生100年時代と呼ばれる現代社会においては、最も新しい問題である。それは、資本主義社会における「ワーク=労働・仕事」中心の社会から、明らかに「余暇=レジャー生活」が先導、中核化する社会に変容せざるを得ない転換点が、見えているからである。ITやロボットの跋扈する風景も、コロナ禍の家籠りも、「余暇」や「祝祭」が、舞台の主役に登場してくる明確な予兆を内在させている。しばらくは、松田先生の著作が、私の余暇生活を充実させてくれるだろう。義幸先生、ありがとうございました。

「コミュニティ童話」創りの旅の始まり

例年2,3回は海外旅行をしているが、それは私の人生における楽しみであり、研究のフィールドでもある。旅行好きには残念なことではあるが、その楽しみがこのコロナ禍で絶たれてしまった。家籠りで持ち時間が増えたし、旅行用の資金が多少はある。そこで思い切って冒険の旅に出ることにした。頭の中で構想していた「コミュニティ童話」創りの旅である。友人のアーティスト・彦坂ゆね氏にお願いし、繊細なイラストを描いてもらった。多摩大学大学院で私のゼミに出入りしていた文化印刷業を営む追分健爾氏に美術印刷を依頼した。

 

「コミュニティ童話」とは、地域に暮らす人々の誰もが作家になって、暮らしの美風や、互助、共助、自助とそして天助の体験や、実験を童話の世界観で描き出す運動。私が勝手に思いついたことであるが、その生活童話のモデル制作を進めようとする魂胆だ。それがこの夏、完成した。

 

童話の主人公は、一匹の猫。<ちくわちゃん>というちくわ模様のいたいけな猫で、童話のタイトルは『ちくわちゃんありがとう』。酷暑の夏、皆さんのご協力のもとに日の目を見た。

 

絵も写真も印刷も自前で製作し、とりあえず仲間だけに読んでもらうための非売品。既存の規範がどんどん崩壊していく危機の時代の、「文化・芸術は危機を回避するのではなく、危機に直面する技術(ウンベルト・エーコの言葉)」の小さな試みです。こんな自前の運動が、地域にそして全国に広がっていくことを願っています。

 

ミンスター・フラーは閉ざされた脆弱な地球を「宇宙船地球号」と称した。資源枯渇だけでなく、コロナウイルスはその脆弱さを露呈させた。コロナ禍にあって私たちはどう生きるべきか。谷口正和はその答えを「革命1/2」と宣言する。過去からのご宣託をふるいにかけて半分に、未来には半分のエネルギーで希望を充填させた仮説を次々に発信せよ、という。あらゆるものを半分に、とは地球からの命題だ。私たちは、地球の片隅にある狭い操舵室から、その地球の未來と過去の半分ずつを操縦する叡智をいかに獲得するか、いま深く問われている。

忘れられない「忘れられた風景」

しばらくバルカン半島のブルガリア、ルーマニアを巡る旅をしてきました。テーマは「忘れられた風景」。村の革命家の家、塀と十字架、石畳の老猫、イコンと遺恨、などなど。どんな現象でも足早に過ぎ去っていく現代社会から離れて、村や町の沈殿して化石になってしまったような風景から、いまの時代を読み解く。むろん、日本のたくさんのコミュニティにも忘れられた、しかし心に沈殿している風景(生活の原石)があるはずだ、との想いを込めた旅になりました。

知の饗宴は、まさに極楽!極楽!

尊敬する大先輩・柳孝一先生にお忙しい中、ご来楽いただきしばし歓談の時間を持ちました。柳先生は逗子にお住まい、構想博物館からは鎌倉の海岸沿いの対面にお暮しですから、湘南仲間ですね。柔らかな思考に、強靭な人生のビジョンをお持ちの柳先生に、これまでも大きな共感と教えを受けてきました。ともに中村秀一郎門下生。新しい時代の社会デザインの在り方を、ソフトに語り合い、お持ちいただいた美味なるワインに酔いしれました。齢を重ねても、未来への志向は熱く燃え盛る。知の饗宴は、まさに極楽!極楽!、プラトンも顔負けの極楽寺の一夜でした。

サロン(茶論)都市の”おもてなし”シンポジウム

面白い構想を考えています。狭山市は、狭山丘陵に包摂された「狭山茶」の原産地。明治時代、日本は「絹」と「緑茶」の輸出で何とか国家経済を運営してきました。今その「緑茶」が再び世界で注目されています。健康やモードだけではない、実は「社交」の重要なツールとして、役割が見直されてきているのです。『サロン(茶論)都市・さやま』は、持続的な創発社会の実現のために、<100万人のティパーティ>の仕掛けを目指しています。そんな構想を、楽しくお話しようと思っています。考えただけで、ワクワクしますね。

ジェニス・イザベルからの贈り物

サン・ラザールの駅前で、手回しオルガンをゆっくりした手つきで弾いていたルイと2匹の猫、アンジュとシェリが忽然と姿を消したのは、もう数年も前のこと。パリを訪れるたびに、私とワイフはその行き先を心の中で探し続けていたのでした。クリスマスも近いある日、ギャラリー・ラファイエットの前を歩いていると懐かしいオルガンの音が聞こえてきます。気が付くと、雑踏の向こうに古びた傘の下で、オルガンの上に2匹の猫がもぞもぞとこちらの様子を眺めている姿があります。あっ、アンジュとシェリだ!!!。私たちはあわてて近づいたのですが、その姿は本当に似ていても、アンジェとシェリでありませんでした。オルガン弾きのおじさんもルイではありません。しかし、2匹の猫は懐かしげにこちらを向いて、顔をあげているのです。2ユーロのコインをカゴに入れました。オルガン弾きのおじさんは柔和な顔つきで微笑み一杯に、尋ねた猫たちの名前を教えてくれました。イザベルとジェニス。そう、二匹はアンジェとシェリ生き写しし。まるで、私たちにとっては、思わぬクリスマスの贈り物のように思えました。霙でも降ってきそうな曇り空でしたが、その日一日はアパールトマンに帰ってきても、温かい気持ちでいることができました。

新見南吉の記念館にて

幼いころから心を惹かれていた新見南吉。私が童話作家になりたい、とひそかに考えたのも、南吉の『手袋を買いに』に大きな感動を覚えたから。丁度、半田市で「産業観光まちづくりフォーラム」が開かれて、私も大賞選考講評とパネラーの役割をいただいていたので、フォーラム終了後、南吉の記念館を訪れた。暖かい気候の知多半島にも数日前の大雪の残滓が記念館の周りの草原に残っていて、手袋を街まで買いに行った子ぎつねに出会いそうな情景。記念館では、館長の山本英夫氏が、熱のこもった案内をしてくれた。館内のそこここに29歳で亡くなった南吉の悲しみが、残雪のように積もっていたが、それは私の心の中で、小雪に変わって、帰京する電車の中でも、降り続いていた。

明治神宮そぞろ歩き

静寂に包まれた明治神宮を、坂西元氏紹介の松田権禰宜の案内で逍遥する。途中折々の、松田権禰宜の深淵なるご講義があり、深く感銘を受けた。多くの訪日した外国人がこの神の杜をテーマにして散策する時代が来た。深い歴史を持つ日本文化の地下水脈を理解していただける「知の逍遥」である。樹々を渡る風の囁きに耳を傾け、木漏れ日が光の玉のように落ちてくる砂利の参道の感触を心で愛でる。世界宇宙の、未来の在り方を、大都市のど真ん中で自然と、文化と、そして人間の生き方と共創する存在を通して、私たちに「恒常型社会」のモデルを指し示しているように、私には思えてくるのである。

江戸を固めし 隅田川... 桜咲く

新緑の季節になっても桜が忘れられない。4月に江戸の3大桜名所向島に行った。桜橋から隅田川を見ると、花見は工学的な理由で行われてきたという確信をもった。
今まで、桜や花見は江戸の民俗、徳川家による庶民へ娯楽提供等の歴史視点でみていたが、今回、治水視点で考えてみた。
日本は、歴史的に隅田川等大きな河川の氾濫に悩まされてきた。氾濫は、堤防でおさえる。その堤防を踏み固めるためには、堤防を行き来する仕掛けをつくり、人の重石を活用してきた。行き来する仕組みは、桜を植えて花見客による重石だ。また、堤防界隈で祭りを行えば、人の賑わいでさらに踏み固まる。
これは、浅草の日本堤に行くとわかる。遊郭、桜と祭りによって人の往来が堤を固めたからだ。武田信玄による信玄堤も祭りと桜による川の堤防を固めたものだ。
花見は、散る桜を眺める無常を表す人文学的な面の否定はできないが、氾濫に悩まされた日本の治水という工学的な側面もあるのではないか。我が家の近くには、川の埋め立てでできた千川通りに3km以上の桜並木が続く。
花見は治水。江戸を構想する楽しみが増えた。(Reported by Gen Sakanishi)

地域再生フォーラム in にいはま

新居浜の異脳人・森賀盾雄氏が狂気に近い構想(妄想)を抱えていなかったら、日本における「インダストリアル・ヘリテージ」というコンセプトが創出され、「産業観光」が事業として自立・成立することは無かったように思えます。その記念的コンファレンスから17年、また新たな挑戦が始まります。このフォーラムで、次なるソーシャルイノベーションを起爆させたいものです。光栄にも、私ごときが基調講演をさせていただきます。ありがたいことですが、私の白髪(しらが)頭は脳に栄養が取られて、ますます白くなっていくでしょう。

ライフスタイル観光とは...「豊の国商人塾」のご案内

「世界目線構想力」などという、私も聞きたくなるようなテーマで、3月のひな祭りの日、大分で講演いたします。畏友、谷口正和氏とご一緒です。

 

主催は「豊の国商人塾」ですが、「地方の時代、地域主義」を提唱した平松守彦知事の時代から続いている名門の塾です。思想的には、日田の広瀬淡窓の「咸宜園」の流れを汲んでいて、塾のOBが自己組織的に経営するユニークな地域塾です。

 

日本の地域・地方がどん詰まりをどう乗り越えていくか、この塾の「自然(じねん)の草莽力」が燎原の火のように、全国に広がっていくことを願っているのですが。

 

人生での出会いを想う

ようやくというか、あっという間というか、『構想の原石』という本ができました。大学院の私の講義科目である「社会デザイン構想」を受講してくれているメンバーに加えて、OBの皆さんにも参加いただき、一人約2万字の思惟の原石を脳みその中から掘り起こしていただいたのです。

 

レヴィー・ストロースの『悲しき熱帯』ではありませんが、現代の未開である都市社会への踏査を果敢に行ってきた経験が、実は参加してくれた院生の皆さんには共通にあって、それが新しい文化人類学の登場を、可能にした・・・と私には、刷り上がった本を手にして、思ったことでした。

 

この知の探検は、これからも荒々しく続くでしょう。またびっくりするような異脳者の探検録を手にすることができるでしょう。今回の『構想の原石』はそのわずかな前触れに過ぎない、などと私は見積もっているのですが。

「イベントが、社会を革新させる」(新都市1月号巻頭言)

国交省マターの機関誌『新都市』の小論を寄稿。出版社ぎょうせいの役員:梶原純司さんにご紹介いただきました。その巻頭言に、イベントを起点にした「ソーシャルイノベーション論」が掲載されています。

私の未来を決めた1冊の本「『TVA』を知っていますか?」

人生には、大きな飛躍や、転機や、衝撃となる本との出会いがある。その貴重な一冊との出会いを、鎌倉ペンクラブの会報に書かせていただいた。自己における思想形成の源泉の1冊です。

初夏を迎えて

構想博物館の木々の間で咲いているユリ。野生の強靭さを感じる。

 「われら、いかに生きるか」

 

――望月照彦の生き方の美学<人生のデザインを考える>――

 

リュクサンブールの森で

望月照彦ユーフォニスト通信

パリの屋根裏部屋で想う

望月照彦構想ゼミナール

なぜいま、屋根裏部屋なのか

パリ発、望月ゼミ生へのメッセージ

[東京/鎌倉/パリ]私の三都物語

望月照彦ユーフォニスト通信

望月照彦:新刊本のご案内

小豆島土庄町MaiPAMのまちづくり

<センス・オブ・ハピネス>

希望と幸せを創造する社会へ

アドリア海の真珠

【地域資源探訪の旅】少年の手先や肩に緑や黄色の色とりどりのオウムが乗っている。バンダナをかぶった少年が誇らしげに取り囲んだ聴衆の前に一歩出る。恥ずかしそうにしているが、本当は胸を張りたいのだ。そうだ!この少年は、スチーブンソンの『宝島』のシルバー船長の片腕を演じた“ホーキンズ少年”だと、そのとき気がついた。                                                                         ......さらに読む   

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